隅田川・にしとみ

更級日記

写真は今の隅田川から見える景色です。孝標女が見ると変わりように驚かれるでしょうね。

本文 野山蘆萩(あしおぎ)の中を分くるよりほかのことなくて、武蔵と相模との中にいて、あすだ川という、在五中将(ざいごちゅじやう)の「いざ言問(ことと)はむ」と詠みける渡りなり、中将の集には隅田川(すみだがわ)とあり、舟にて渡りぬれば、相模の国になりぬ。
 にしとみといふ所の山、絵よくかきたらむ屛風(びょうぶ)を立てならべたらむやうなり。片つ方(かた)は海、浜のさまも、寄せかへる浪のけしきも、いみじうおもしろし。
 もろこしが原といふ所も、砂子(すなこ)のいみじう白きを二三日(ふつかみか)ゆく。「夏は大和撫子(やまとなでしこ)の、濃くうすく錦を引けるやうになむ咲きたる。これは秋の末なれば見えぬ」と言ふに、なほ所々はうちこぼれつつ、あはれげに咲きわたれり。「もろこしが原に、大和撫子しも咲きけむこそ」など、人々をかしがる。

訳   野や山、葦や荻の生い茂る中を押し分け、これといった変化もない道を進むしかなかったが、やっと武蔵と相模の国境にある、あすだ川にたどり着いた。在五(ざいご)中将業平(なりひだ)が「名にし負はばいざ言問(ことと)はむ都鳥(みやこどり)我が思う人は有りや無しやと」と詠んだという渡し場である。業平様の和歌を集めた家集には「すみだ河」とある。そこを舟で渡ってしまうと相模の国になった。
 にしとみという所にある山は絵を上手にかいてある屏風を立て並べたようである。片方は海になっている。海岸のようすも絵のように美しい。寄せては返す波のありさまが、とてもおもむきがあり、楽しませてくれる。
 もろこしが原という所も、とても白い砂浜の続く所を二、三日行く。「夏は大和撫子が色が濃いのや薄い色の花が錦を引き延べたように、美しく咲いているのですが、今は秋の末なので見えませんが」と言うが、それでもまだ、所どころに落ちこぼれて、寂しそうに咲いているのです。「もろこしが原に大和撫子が咲いたというのはおかしいですね。ここは大和撫子と言うよりも、唐撫子と言うべきでしょうと」人々楽しそうにおもしらがる。

※在五中将 伊勢物語の作者 在原業平 隅田川にたくさんいる鳥の名前を船頭に聞くと都鳥ですとのこと。「みやこ」という名前をもってるのだね。それなら都鳥に聞きたい。わたしの好きなあの人は、いまもすこやかに暮らしているのでしょうか。
※ にしとみ 箱根山中という説と神奈川県藤沢市付近という説がある。
※ もろこしが原 神奈川県大磯の辺りといわれている。